はじめに——「ある日の彼ら」


 とある街のとある宿屋の一室で、彼らはいつものように各々の好きなように過ごしていた。

 ある者はソファに沈みぶつぶつとつぶやくように本を読みふけり、ある者は窓縁に器用に腰かけて昼寝の真っ最中。そしてある者は、鼻歌を歌いながら床に並べられた何本もの剣を見比べるように、手に取っては振ったり細工を凝視したりと忙しない。

 

「おい、お前ら。あの王様野郎から届けもんだ」

 

 その無秩序とも言える空間に入ってきたのは、咥えた筒から青く光る煙を揺らめかせる男だ。彼はまっすぐに、本が渦高く積まれたソファの向かい側に腰を下ろした。その手には、この部屋にいる全員が見覚えのある紋章をあしらった小包が握られている。

 

「おっ、なになに。仕事かな?」

「どーせろくな内容じゃないっすよ、かけてもいい」

 

 剣を物色していた者と昼寝をしていた者が合わせたようなタイミングで、まるで息の合っていないことを言う。

 

「キューお前またそんなに拾ってきやがって……いらねぇだろうが、売ってこい。キリク、これ終わったらそいつ連れて帰りに食料買ってきてくれ」

「「えぇ~」」

 

 名指しで指名された二人は不服そうな声を上げるも、この男、ヴェインのいうことには逆らえないのだ。彼はこのバラバラな四人をまとめる、実質のリーダーなのだから。

 

「それで、その中身は?ヴェイン」

 

 先ほどまで手にしていた本に栞を挟んで、向かいに座る少女、シャルロはヴェインに話の続きを促した。その獣の耳がピクリと動くのは、キューやキリクが立ちあがる音にでも反応しているのだろうか。

 

「シャルロっちは真面目だなぁ~!ほらもっとリラックス、リラックス」

「っ!」

 

 そんなシャルロを後ろから抱きしめるように、首に手を回すキュー。スキンシップが多いのは彼女の特徴だが、シャルロはまだ慣れないようだ、しかめられた眉とは反対にその頬が淡く染まる。

 キリクはヴェインの隣に腰を下ろした。全員揃ったことを確認して、ヴェインは手に持っていた包みを、器用にナイフで開いていく。

 中から出てきたのは一通の手紙と……本だろうか。シャルロに手渡せば、パラパラとページをめくり不思議そうな顔をする。

 

「……真っ白」

 

 後ろから覗き込んでいたキューのつぶやきに、ヴェインは内容がないノートのようなものだと理解する。にしても、そんなもの送ってきて一体何させようってんだ?――ヴェインは添えられていた二つ折りの手紙を開いた。

 

*―――――――――――――――*

 

 

やぁやぁ諸君!元気に仕事に励んでいるかい?

 

君達に送ったものは他でもない、白紙の本だ

僕は君達の旅の日々にも興味が尽きないからね

それは旅の日誌としてでも使ってほしい

 

書かないという選択肢がないことは、君ならわかるだろ?ヴェイン君

 

まぁ、報告書だと思ってくれて構わない

どうか旅先のおもしろい話を、僕へのお土産だと思って綴ってくれたまえ

 

あぁ、本当のお土産も忘れずに送ってね?

楽しみにしているからね

 

 

アニマリアより愛を込めて

レナード

 

*―――――――――――――――*

 

「……」

「ほら、だから言っただろ。ろくなことじゃないって」

 

 手紙を持ったまま固まっているヴェインの様子に、キリクはやれやれと首を振った。彼はこの中で誰よりもあのキツネの王様と知り合うのが早かったぶん、嫌悪感も誰よりも強い――まぁ理由は色々とあるらしいが。

 

「これ、ただの本じゃないの?」

 

 シャルロはヴェインとお互いの持ち物を交換し、ヴェインに聞いた。キューはもうこの話に自分は関係ないと思ったのか、剣の物色に戻っている。

 

「あぁ、対になってるんだろうな」

「対にって……あぁなるほど」

「?」

 

 オウムのように繰り返したキリクは一人納得したように呟くも、シャルロはまだ首を傾げている。ヴェインは机の上に置いてある灰皿に、自分が咥えていたそれを押し付けるようにして火を消した。

 

「この本は送信専用で、レナードが持ってるものが受信専用ってわけさ」

「じゃあこの本に書いたら」

「あぁ、あの王様が内容を読めるってわけだ……要するに書かないとバレる」

 

 はぁ、めんどくさい仕事が増えちまった。そうぼやくヴェインとは裏腹に、シャルロはキラキラと目を輝かせてヴェインを見ている。キリクはヴェインを肘で小突いた。

 

「旦那旦那、シャルロがしたいってさ」

「シャルロが?」

「あたし、書きたい」

「いや、でもなぁ…面倒だぞ?」

「いーんじゃないっすか、やる気ある人に任せる方が」

 

 キリクはそう言うと自分もお役御免だと立ち上がり、まだ剣を見ているキューに行きますよと声をかけた。もうちょっと待って!という声は無視するようで、彼は床にある剣を拾い始める。そこに慈悲はなかった。

 

 ヴェインはシャルロやキリクの発言に一瞬呆気にとられたような顔をするも、彼女の好奇心が底なしであることはここまでの旅で実感していた。きっとこの不思議な本への興味が尽きないのだろうと疑いもせず、「じゃあ頼むわ」と本をシャルロに手渡した。

 

「うん、任せて」

 

 シャルロはしっかりと本を抱き、どこか嬉しそうにその表紙を撫でた。

 もちろん好奇心もあるのだが、これはシャルロがヴェインの役に立ちたいと思っての発言だということは、きっとシャルロ本人とキリクしか気づいていないだろう。

 

 ヴェインはそんな少女の様子には全く目もくれずに、扉から出ていこうとする二人に買うものを告げている。この男、戦場以外での勘は極めて鈍いのである。

 

 

 

 こうして、旅のとある一日は進んでいった。今後彼らの旅がどうなるのか……その続きはきっと渦中の彼らにもわからない。確かなことは、ただ旅路の続くままに彼らは進むしかないということだけだ。

 

 そんな旅の日々を綴る日誌は、今日もそのページを連ねていく――

 

 

 

<fin>

 


読んでいただきありがとうございました!

 

旅の日々の裏側を綴るということで、彼らの日常やサブキャラクターに焦点を置いて、思いつくままに今後も書いていけたらいいなと思っています。

 

長いものはpixivの小説機能を使う予定です。

慣れない文字書きではありますが、どうぞ温かい目で読んでいただけると幸いです。

 

2017/04/05  心。